「裏緋寒の乙女を竜神に捧げる前に、代理の神に印をつけさせると」
「そうです。冥界の神々が動き出す前に、乙女は生娘ではないと知らしめる必要があります」 「代理となる神の精を胎に放ち、桜蜜の神力を制限するのか」 「彼女を護るためなら、致し方ありません」桜月夜の守人である清雅が表緋寒の代理神にきっぱりと言い切る姿を、夜澄は面白そうに見つめている。
いままで至高神に言われるがまま裏緋寒の調教をしてきた狼神の末裔が初めて希ったのだ。かつての夜澄のように。 かの国を守護する至高神の姿は確認できないが、彼女もまた遠くからこの光景を覗き込んでいるはずだ。「――至高神との盟約を忘れてはおらぬな……ならばよい。よけいな感情など持たぬことだ」
現在の表緋寒は竜頭の代理神としての依代として生かされている男で、機械的な反応しかしない。
表情豊かな水兎が裏緋寒の乙女だから、その対となる表緋寒は寡黙な存在になると至高神が選んだのだろうと神官たちは噂していた。 だが、竜神とのやりとりを受け取るだけのちからはあり、自我と呼べるものがなくとも竜糸の集落では重宝されている。「それより、冥穴から雑魚が湧きだしておる。裏緋寒をひとりにして平気か」
「ここは結界で守られています。問題ないです」 「そうかな」ふん、と鼻を鳴らして表緋寒は嘲笑う。ぞわぞわとした空気に、夜澄が慌てて術式を放つが、すでに表緋寒の姿はかき消えていた。
「闇鬼だ」
「嘘だろ、結界が張ってあるのに!」 「あれは表緋寒じゃない。あれ自身が冥界の邪神だ」あの表緋寒がそう簡単に喰われるとは思わなかった。それだけ奴らは桜蜜を欲しているのだろう。
やられた、と呟く照吏に呆然とする清雅。それを見て夜澄が発破をかける。「清雅! 早く裏緋寒の元へ!」
「あ、ああ」結界を破られているとなると、どこから悪しきモノが入り込んでいてもおかしくはない。神殿のなかとはいえ安全な場所は存在しない。
竜神が傷ついたときのことを思い出し、清雅は神殿の控室で水兎は眠っていた。はずだった。 それなのにいま、彼女の身体は宙に浮いている。いや、神殿内でいちばんおおきな巨木のてっぺんから吊るされているのだ。 着ていた巫女装束はぬるぬるとした蔦によって乱され、上半身を隠す布はほとんど剥がされていた。「ヤダ、なに、これ……」 身動きのとれない状態で、うねうねと蠢く蔦に身体をまさぐられ、水兎は悲鳴をあげる。「ミト!」 「せ、い……が。た、すけて」 「いま行く!」 高いところからの声など聞こえないだろうに、当然のように清雅は頷いて、囚われた水兎のもとへ飛翔する。 神術を扱う神官たちは常人と異なり、空だって容易く飛べるのだ。 だが、意志を持つ蔦に阻まれ、水兎の傍には近づけないようだ。「そんな」 「冥界の邪神が乙女を求めている。おとなしくしろ」 びりっ、びりっと巫女装束を剥ぎとられ、ついには一糸まとわぬ姿にされた水兎は自分の前に現れた男を見て絶望する。「どうして表緋寒が」 「桜月夜が悪い。代理の神に印をつけさせるなど言い出すから」 その言葉に水兎は目をまるくする。表緋寒は竜神の代理神だ。きっと自分が裏緋寒の乙女を抱かされるのだと勘違いして――その隙を闇鬼に喰われたのだ。「代理の神、ってそういうことじゃ……」 「残念だが裏緋寒が奪われようが竜頭は動かぬ。これからお前は邪神の供物になるのだからな」 表緋寒の姿を奪った邪神の宣告と同時に、神殿を囲っていた雨がぱたりとやむ。 すでに冥穴から悪しきモノたちが集っている。このまま目の前で水兎を嬲り、犯し、冥界へと連れ去るのだろう。「ひ、っ」 「なぁに、桜月夜からたっぷり性戯を教わったのだろう? 邪神の精を胎に受けた桜蜜はどんな味になるかのう?」 「やめろ」 身動きのとれない水兎に覆いかぶさろうとする邪神の前に鋭い刃が差し出される。 蔦で覆われていた障壁を剣で切り裂いた清雅はそのまま水兎の身体を抱き留める。
「裏緋寒の乙女を竜神に捧げる前に、代理の神に印をつけさせると」 「そうです。冥界の神々が動き出す前に、乙女は生娘ではないと知らしめる必要があります」 「代理となる神の精を胎に放ち、桜蜜の神力を制限するのか」 「彼女を護るためなら、致し方ありません」 桜月夜の守人である清雅が表緋寒の代理神にきっぱりと言い切る姿を、夜澄は面白そうに見つめている。 いままで至高神に言われるがまま裏緋寒の調教をしてきた狼神の末裔が初めて希ったのだ。かつての夜澄のように。 かの国を守護する至高神の姿は確認できないが、彼女もまた遠くからこの光景を覗き込んでいるはずだ。「――至高神との盟約を忘れてはおらぬな……ならばよい。よけいな感情など持たぬことだ」 現在の表緋寒は竜頭の代理神としての依代として生かされている男で、機械的な反応しかしない。 表情豊かな水兎が裏緋寒の乙女だから、その対となる表緋寒は寡黙な存在になると至高神が選んだのだろうと神官たちは噂していた。 だが、竜神とのやりとりを受け取るだけのちからはあり、自我と呼べるものがなくとも竜糸の集落では重宝されている。「それより、冥穴から雑魚が湧きだしておる。裏緋寒をひとりにして平気か」 「ここは結界で守られています。問題ないです」 「そうかな」 ふん、と鼻を鳴らして表緋寒は嘲笑う。ぞわぞわとした空気に、夜澄が慌てて術式を放つが、すでに表緋寒の姿はかき消えていた。「闇鬼だ」 「嘘だろ、結界が張ってあるのに!」 「あれは表緋寒じゃない。あれ自身が冥界の邪神だ」 あの表緋寒がそう簡単に喰われるとは思わなかった。それだけ奴らは桜蜜を欲しているのだろう。 やられた、と呟く照吏に呆然とする清雅。それを見て夜澄が発破をかける。「清雅! 早く裏緋寒の元へ!」 「あ、ああ」 結界を破られているとなると、どこから悪しきモノが入り込んでいてもおかしくはない。神殿のなかとはいえ安全な場所は存在しない。 竜神が傷ついたときのことを思い出し、清雅は
「僕がほんとうに男神なら、とっくに彼女を自分のモノにしていたのだから」 「それって、どういうこと?」 水兎の鈴の鳴るような声に、照吏と清雅がぎょっとした顔をする。 自分の身柄が冥界に棲まう悪しき神々に狙われているというところからぼんやりと覚醒していた水兎は、照吏の言葉で完全に意識を持ち上げた。 心を通じ合わせない限り覚醒しないだろうという竜神。裏緋寒の乙女の心など必要ないと水兎から溢れる桜蜜を狙う冥界の神々。自分の身体を淫らに調教するだけして竜神に捧げようとする桜月夜の守人……けれど年長者である夜澄は役目を放棄し、照吏と清雅に押しつけた。そして照吏は自らの手を使わず清雅に水兎の調教を任せている。どこか一線を引いた照吏の態度に違和感を抱いていた水兎はその言葉ですべてを悟ってしまう。「照吏は、男じゃない?」 「至高神に選ばれる桜月夜の守人が男性神官であるとは誰も言っていないよ」 それが答えだとでも言いたそうに照吏はぶっきらぼうに言い返す。「夜澄は番を決めた元蛇神だ。それゆえ裏緋寒の乙女の調教に手を出すことは基本的にない。僕は男としての機能を持たない中世的な存在ゆえ、至高神から乙女の心と体を見守るよう命じられている。そうなると狼神の末裔である清雅が君を物理的に育てる役割につくのは必然なんだ」 「……そう、だったのですか」 「ああ。このまま竜神に捧げられるよう乙女の魅力を最大限に引き上げ、桜蜜をいつでも分泌できるように調教することで湖に眠る竜神をその気にさせるのが桜月夜の、俺の仕事だが、冥界の神々に気づかれたことで事情が変わった」 「わたしを生贄にして湖へ沈めるの?」 水兎の言葉に清雅がぎょとする。慌てて照吏が声をかける。「どうしてそうなるかな。そんなことはさせないさ」 「でも、生贄として乙女を捧げれば竜神のちからは表緋寒の代理神の元へ届くのでしょう?」 「それは……最終手段だ」 「?」 清雅のどこか言いよどむ姿に水兎は首を傾げる。もともと生贄として家族のために神殿に出向いた水兎からすればいままで生か
「抵抗できないのをいいことにやりたい放題だね」 「照吏」 水兎を淫らな姿で吊るして桜蜜を分泌させるため失神するまで執拗に攻め立てた清雅はするりと侵入してきた照吏を見て、獣のようにぎらついていた瞳を和らげる。「いくら君が求めたところで彼女は裏緋寒の乙女だ。夜澄も言ってたじゃないか、情が移るような調教はするなって」 「これでもひどくしている」 「過去の乙女たちと比べたらぜんぜんぬるい」 「……まあ、三人の男にやられるよりマシか」 吊るしていた縄を切り、清雅は水兎の身体を抱き留める。桜蜜の香りに包まれた乙女は清雅の腕のなかでふるりと身を震わせたが、そのまますぅっと眠りについてしまった。どこまでも警戒心のない娘である。「愛玩花嫁なんて呼ばれてはいるものの、けっきょくは桜蜜でどろどろのぐちゃぐちゃにした乙女を神が貪り喰らい、強引に子を孕ませるんだ。それを思えば生ぬるいよ」 「……何が言いたい」 むすっとした表情の清雅を面白そうに見つめて照吏はぽつりと呟く。「桜蜜を欲しているのは竜神だけじゃない。冥穴の向こう側が騒がしい」 「何」 「裏緋寒の乙女が選ばれたと向こうに気づかれたと考えていい。数年は問題ないと思ったが、いまの状況だとどうなるかわからん」 「竜糸では鬼の襲来があったばかりだぞ? それなのにまた奴らが押し寄せて来るだと?」 「狙いは桜蜜の分泌をはじめた裏緋寒の乙女だ。竜神に捧げる前に処女を奪われたらたまったもんじゃない」 「……照吏」 冥穴の向こうにも神を名乗る者はいる。人間嫌いの死神をはじめ、常識の通じない鬼神に邪神など。彼らが桜蜜を狙って水兎を花嫁にしようと画策してもおかしくはないと、照吏はうそぶく。「それを考えると、湖に眠る竜神さまを手っ取り早く起こした方がこの土地にとってはいいんじゃないかな」 「だが、竜頭は」 「そうだな。いまの裏緋寒の乙女を捧げたところで、完全覚醒はしない」 きっぱりと口にする照吏は、清雅の腕のなかで眠る水兎を愛おしそうに見つめる。
この竜糸の集落に棲まう竜神には代々”竜頭(りゅうず)”という名前がつけられていた。竜の頭、という名前の竜神は不完全であるがゆえの蔑称ともとられるが神々は大陸に棲まう土地神のなかで唯一幼い竜神をたいそう可愛がっていた。 集落に点在する土地神たちは不老不死の至高神と異なり、各々が寿命を持っているため、寿命が尽きる前に後継者を迎える準備が必要になる。それは代替わりの儀と呼ばれ、数百年に一度とも、数千年に一度ともいわれている。代替わりの儀は至高神のもとで行われ、小さき神が産み落とされる。その方法は集落に棲まう神々によって異なり、竜糸の場合は裏緋寒の乙女と契り神の子を孕ませることなのだという。「将来的には竜頭との間に子――小竜神を作る可能性もある。それが裏緋寒の乙女だ」 「ん」 説明を受けながら身体をしめ縄のようなもので拘束された水兎は顔を赤らめながら清雅の手で高いところへ吊るしあげられる。 着ていた巫女装束の結び目を解かれ、胸元が露出する。神殿の神聖な空気が肌を撫でていく。スース―する感覚とムズムズする感覚に襲われて、水兎はパクパクと口をひらく。「あっ……せい、がさん」 「清雅でいい。苦しいか?」 「いえ……そうじゃ、なくて」 媚薬を盛られたわけでもないのに、清雅に身体をふれられると官能が揺さぶられて自分の身体の奥から甘い香りが漂うような錯覚に陥る。これが桜蜜の香りだと指摘されて初めて、水兎は自分の身体が快楽に染められることで起こる反応だと悟った。神が悦ぶ桜蜜の香りに、水兎まで酔いそうになる。「神の子を宿すことは身体にたいそうな負荷がかかる。それを和らげるためにも、桜蜜は有効だ」 「でも、だからって……」 「吊るしたのはこうすればどこから桜蜜が分泌されるかわかるからだ。胸からも香っているが、やはり下の方が香りが濃いな」 「あぁん!」 下履きを脱がされ、清雅の手で秘処をまさぐられ、水兎は苦しそうに声をあげる。すでにびしょびしょに濡れている秘密の花園は男を知らないとは思えないほど妖艶に濡れて芳醇な香りを放っている。初回の身体検査で絶頂を教えられ、初めて桜蜜を出したと
水兎の身の回りの世話を行うのは照吏の役目になった。本来なら神殿から侍女をつけるらしいが、先の戦いで神殿に鬼が侵入し、多くの巫女が里に返されたのだという。巫女たちは神殿の守りの要であり、悪しきモノを倒す役目を持つが、憑かれやすいという欠点がある。「ごめんね、いま神殿にいる女人は君をふくめて二人しかいないんだ」 「はあ」 どおりで神殿内ですれ違う人間が男性神官しかいなかったわけだ。それに、水兎のような年代の若い人間の姿も少ない。桜月夜の守人と呼ばれる三人は水兎の知る男性のなかでは若い方だがそれでも二十代前半から後半くらいで自分よりは年上に見える。 照吏の説明によると、鬼との戦いで疲弊した彼女たちを至高神が休息させるよう神殿に伝え、その代案としてすこし早めに裏緋寒の乙女を召喚するよう命じたのだという。「……だから召喚状が届いたとき、うちの親は驚いたのかしら」 「至高神が裏緋寒の乙女を指名するのは基本的に二十歳を過ぎてからとされているからね」 十八の誕生日を迎えたばかりの水兎は成人はしているものの、一部ではまだ子ども扱いされる年代でもある。これは国の最高学府を卒業する年齢が十八歳だからとされている。学校に通ったことのない雨鷺からすればあまり年齢制限に意味はないように思うが、法的に結婚が認められるという意味では目安になるため、就学していない女性の結婚適齢期も二十歳あたりに設定されていた。「それってやっぱり身体が成熟していることも関係しているの?」 「まぁ、神の花嫁になるってことはそれだけ求められるものもおおきいから」 桜蜜のことだろう。体液そのものは幼くても出すことができるが、女性の悦びを引き出されることで分泌される蜜の方が神にとってみれば望ましいのである。水兎はこの先自分の身体が作り変えられていくことに身震いをする。それを見て照吏はぽつりと呟く。「竜神様は成熟した女人が好きなんだ。すぐに君が召されることはないだろうけど、そのぶん清雅くんの手で処女調教を受けることになる。僕はそれを手助けするけど、何もかもイヤになったらそのときは神殿の奥にある湖に飛び込むんだ」 「湖に